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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)584号 判決 1970年10月30日

理由

一、控訴人が婦人服地の販売を業とする会社であること、昭和三九年五月一日控訴人が被控訴人と、同人から毛織物類の継続供給を受ける取引契約を結んだこと、中野物件及び本件市川物件について控訴人主張の各日時に、それぞれその主張の根抵当権設定登記及び代物弁済予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記が経由されたこと、ならびに、昭和四〇年一一月一九日右両者の間に、控訴人の被控訴人に対し負担する取引契約上の債務のうち一、三〇〇万円の支払に代えて市川物件につき代物弁済の予約を完結してその所有権を被控訴人に移転する旨の合意が成立し、同年同月二五日控訴人主張の所有権移転登記手続の経由されたことは当事者間に争いがない。

そして、右取引契約の内容についての判断は原審のそれと同一であるから、原判決一〇丁表三行目より一一丁表八行目までの記載を引用する。

《証拠》を綜合すると、次のとおり認められる。

(1)  右取引契約に基づき昭和三九年五月から昭和四〇年二月にかけて、被控訴人から控訴人に対し毎月相当多額の商品が売渡されたが、その間における控訴人の代金の支払は、前記約定どおりにはなされず、とかく滞り勝であつた。

(2)  右契約に際し、控訴人は右取引上の債務を担保するため控訴人代表者所有の中野物件及び控訴会社の定期預金(五一〇万円)を提供することを約し、被控訴人にこれが権利証、預金証書等を交付していたのであるが、被控訴人は控訴人との取引が当初の予想を超えて多額に達し、しかもこれが代金の支払がはかばかしくないところから、代金債権を確保するため、まず昭和三九年一二月初旬頃控訴人代表者に対し控訴会社の代金債務につき個人保証(根保証)することを求め、同年一二月一〇日同人からその諒承を得たうえ、ついで右中野物件について、昭和四〇年二月二二日極度額を二、三〇〇万円とする根抵当権の設定を受けるとともに、控訴人の代金債務のうち右物件の評価額に相当する部分の支払にかえてこれが所有権を移転する旨の代物弁済の予約をし、同月二二日所轄登記所において右根抵当権設定登記及び代物弁済予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。

(3)  ところで、右中野物件は被控訴人の評価によれば四九五万余円にすぎず、また、右定期預金は譲渡禁止の特約があるので担保に適しないため、その頃被控訴人は控訴人に対し更に担保を追加提供するよう要求していたのであるが、昭和四〇年一月頃本件市川物件のあることが被控訴人の知るところとなり、交渉のうえ同年二月頃控訴人においてこれを追加担保として提供することとなつた。

(4)  他方、被控訴人の控訴人に対する売掛代金は昭和四〇年二月末日において四千五百万余円に達したにも拘らず、控訴人の代金支払は依然として停滞を続ける実情にあつたところから、被控訴人は控訴人に対し、まず従前の代金の支払を求めるとともに、その履行のない限り引続き商品を供給することは中止する旨申入れ、かくして同年三月以降商品の供給は行なわれなくなつた(もつとも前顕甲第五号証、乙第七号証の一ないし三には、それ以後も商品の供給があつたような記載があるが、右は前示各証拠によれば結局記帳上の操作によるものと認められるから右認定の妨げとならない。)。そのため、両者の間には、昭和三九年秋頃代金合計一千万余円に及ぶ昭和四〇年用の秋冬物の取引があり、右は同年五月頃控訴人に引渡されることになつていたのであるが、控訴人はその荷受ができなくなり、是非とも必要とする分については被控訴人においてこれを訴外猿渡株式会社に売渡し、控訴人が同会社より入手する方法がとられるに至つた。

(5)  控訴人は、このような措置も止むなしとして、昭和四〇年三月以降は自己の転売先から入手した手形を被控訴人に裏書譲渡して、専ら代金の支払に努めていたのであるが、その間において被控訴人の要請を容れて本件市川物件にも根抵当権の設定等をすることとし、同年七月二八日付書面を以て右物件につき中野物件と同様に根抵当権を設定するとともに代物弁済の予約をし、同年八月四日千葉地方法務局市川出張所においてこれが登記手続を了した。

(6)  一方控訴人の経営状態はかんばしくなく、昭和四〇年一月の決算において既に八五〇万円に及ぶ額を粉飾して欠損を糊塗していたのであるが、前認定のような事情も加わつて同年一〇月頃には窮境に陥つた。そこでその頃、大口の債権者である被控訴人前示猿渡株式会社、訴外丸村株式会社、同八興商事株式会社等は相より協議の結果、右猿渡株式会社が中心となつて援助して控訴人の再建を図ることになつたが、前認定のように抵当権を有し、また控訴人振出の手形も多数所持する被控訴人が抵当権を実行したり、また、手形の取立をしたりすれば忽ち再建が危くなるので、控訴人はじめ右債権者等は、この点について被控訴人の善処を求めた。

そこで被控訴人は右者等に対し、再建の妨げになるような挙に出でないことを約すると共に、その代償として、控訴人に対する債権合計三、〇八〇万円(売掛代金残二、七二〇万円と市川物件に対する訴外三栄信用組合の抵当権を消滅せしめるため被控訴人において立替支払うべき三六〇万円の合計)のうち、一、三〇〇万円の代物弁済として本件市川物件の所有権を移転すること、うち七五〇万の代物弁済として控訴人所有の商品を引渡すこと、七〇万円は同年一二月末日限り支払うこと、及び、残余九六〇万円は六年間にわたり毎月分割して弁済すること等を求めたところ、同年一〇月二〇日頃控訴人はこれを承諾し、前記債権者もこれを諒承した。

(7)  右に基づき、控訴人と被控訴人との間に、同年一一月一九日付を以て、右一、三〇〇万円の支払のために前記代物弁済予約を完結することを合意する旨の書面が作成され、ついで同月二五日千葉地方法務局市川出張所においてこれが登記が経由されたほか、残余の債権については同月二九日公正証書が作成された。

かように認められ、前顕甲第一五号証の記載、前示証人武部、尾山の各証言、及び控訴人代表者の尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信せず、他にこれに反する証拠はない。

二、ところで控訴人は、右根抵当権の設定及び代物弁済予約の際、ならびに、代物弁済予約完結の合意の際に、被控訴人は控訴人に対し取引を継続し、商品を供給する旨約したと主張し、《証拠》中にはこれに副う部分があるけれども、右は前示認定の事実に徴し到底措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。

従つて、右約諾の存在を前提として、右代物弁済予約完結の合意をするにつき控訴人の意思表示に要素の錯誤があるとし、仮りにこれが理由ないとすれば被控訴人の詐欺によるものであるとする控訴人の主張はいずれも理由がない。

三、また控訴人は、本件取引契約を解除したと主張する。右解除の意思表示が昭和四一年六月二七日被控訴人に到達したことは当事者間に争いがないけれども、前記認定の事実によれば、右契約は遅くとも昭和四〇年一一月一九日までに双方合意のうえ終了せしめられたものと認めるのを相当とするから、右解除意思表示はその効力を生ずるに由ないものというべきである。従つて右解除を前提とする主張は、更に立入つて判断するまでもなく失当である。

四、更に控訴人は、被控訴人は債権なくして本件市川物件を代物弁済として取得したものであると主張するが、その然らざる所以は前記認定の事実によつて明白であるから、この主張もまた理由がない。

五、以上のとおり控訴人の主張はすべて理由がなく、その請求はこれを棄却するほかないものであるから、これと同趣旨に出でた原判決は結局相当であつて本件控訴は理由がない。

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